sohji-lowブログ

we do not stop playing because we grow old, we grow old because we stop playing. 人は老いるから遊ばなくなるのではない、遊ばなくなるから老いるのだ

参議院選挙が近づいている

どーも、そーじろです。
 
 
 
おかしいことが指摘され、議論される健全な体制のための投票
 
 
 
参議院選挙が近づいてきました。
 
 
今回の選挙が終われば次の選挙は(解散がなければ)2025年秋までないため与党にとっての”黄金の3年”がやってきます。

圧勝されるとどれだけ国の将来や多くの国民にとって不利益なことを好き放題やられても止めれない状況ができてしまうためとても重要な選挙です。
 
 

岸田政権は「参院選までは対立する法案の議論は避ける」と堂々と宣言し、消費税やエネルギー、難民など「めちゃくちゃ緊急で大事なことだけど賛否分かれる」議題は意図的に出さず、波風立てずにやってきました。
 
 
追及されても「真摯に受け止める、しっかりと議論していく」と毎回言っていれば具体的な対策しなくても支持率は守れるという不思議な法則を発見、


狙い通り「どうせ自民でしょ」という雰囲気で見事に選挙盛り上がっていません。マスコミが盛り上げないのも根回し済。本当に自民党は政権維持がうまいなと思います。
 
 
 
ですが「誰がやっても」「他にいないし」と手放しで圧勝させてしまっては今後更に日本の衰退は進み、より不健康な国になってしまうと思います。
 
なので自民が勝つとわかっていても「どうしたら少しでも良くなるか」を考えて行動する必要があります。
 
 
 
今回は私が考えているお金の話です。 
 
 
 
■消費増税の嘘
 
安部さんは「少子高齢化社会を支えていくための増税増税分は全て社会保障に当てます、法律にもそう明記します。」と言って2019年に消費増税しました。
 

それは大嘘で、実際社会保障に使われたのは一部のみ、消費税の約73%は自民党がずっと進めてきた法人減税分に補填され、様々な用途に使用されていました。
 
 

 

 
法人税率は平成元年の40%から段階的に23.2%まで下げられました。

法人減税の狙いは大企業からの組織票や政治献金の獲得だけではなく、企業の海外進出による日本産業の空洞化防止、労働者への給与・投資の拡大など良い点もあります。
 
 
しかし結果として税金安いそのぬるま湯で大企業は海外との競争力を失い、労働者の賃金は上がらずに企業の内部留保額は過去最高を更新し続けています。
 
内部留保が大きくなると企業が潰れにくくなりますが、賃金に還元されないと市場にお金が回らず結果的に国全体が弱くなってしまいます。
 
 
 
消費税はお金持ちからも貧乏人からも「等しく徴収する不公平な税」です。

全国民から等しく徴収したお金を大企業と、自らの政権維持に使う。”全員から集めて強者だけに還元してる”のが現状です。
 
 
挙句の果てに岸田首相は「貯蓄から投資へ」と堂々と「もう国は皆さん守れませんので自力で生きてってください」と宣言し、茂木幹事長は「消費減税なら年金カットにするぞ」と脅迫し、高市政調会長は「消費税は法律で社会保障に使途が限定されている、公共の電波でデタラメを言うな」と大嘘をついてます。
 
 
 
社会保障を削減するならその分消費減税できるはずです、少子高齢化で厳しいのはわかるし国全体で貯蓄を投資に変えていくのも賛成です、だから下げてください、下がった分投資するので、てなもんですが、
 

選挙後には更なる消費増税計画の話まで出ています。
 

岸田さんは印象柔らかくて良い人っぽいですが(実際個人としては良い人なんでしょうが)、やっていることは本当に極道、わかっていながら是正しようとはしません。
 
 
 
■どうして欲しいか
 
法人増税と消費減税だと思います。法人税が高かった昔は企業はどうしていたかと言うと、もちろん税金多く払いなくないので法人団体を作って学校や美術館や福祉施設を建てたり、労働者の給与を上げたりしてました。
 

国内には「〇○法人美術館」など立派なのに入場料安くて明らかに独立したビジネスとしては回っていない美術館がいっぱいあります。

そういった環境が国民の歴史・文化意識レベルを底上げし、豊かで斬新な発想が生まれる土壌を作り、世界に売り出せる企業や文化や芸術家を作ってきました。
 

大企業の税金対策が国の将来への投資として機能していました。
 
 
しかし今の企業は法人税が安いため作りません、作る必要がないので。

 
全てではないですがそういった要因から日本の歴史文化芸術意識はどんどん下がっていき、積み上げてきた価値があるものが目先の利益のためにどんどん潰されて行っているのが現在です(明治神宮外苑の森林伐採とかがその一例)。
 
 
 
法人税を上げて消費税を下げると国民の手元のお金が増えます。家計の負担が減り、旅行したり、嗜好品を買ったり投資したりで経済が回り、雇用が生まれ、結果税収は増えます。
 
お金の心配が軽減されれば出生率は増え、更に税収は増えて長期的に財源も安定します。
 
 
 
私のようなアホでもわかる話なのですが、それをすると直近の組織票や政治献金が減り、政権リスクになるためそれはしません。
 

何もしないのはさすがにヤバいので代わりに「やってる感」を出すために行っているのが給付金ばら撒きや携帯料金引き下げ、ポイント付与などのその場しのぎの政策です。
 
 
 
そしてこの明らかにおかしい政策を指摘して、議論するまで持っていけないのが今の野党です。
 
結果野党に現状を打破する意思も力もなく、希望を見出せないため「投票したって無駄でしょ」「他にいないし」となって半分の有権者が選挙権を拒否し、残りの半分の中の多くの人が与党に票をいれることになります。
 
 
 
■資本主義が生む格差
 
資本主義は格差を生みます。
 
金持ちの家に生まれた子供は高いレベルの教育を受け、学歴高く、良い企業に就職し高い給料を得ます。栄養の取れた食生活で健康に育ち、医療費なども少なくすみ、立派な家庭を築きます。生活に余裕がある分多くのことに興味が持て、吸収しそれを仕事に活かしまた給与が上がる、それを投資に回して更に儲ける、強者が更に強者になっていく、完全なプラスのループです。
 
 
貧乏の家に生まれれば栄養は十分に取れず、教育を受ける場やレベルや見る世界も限定され、大学も借金して出なければいけず、その後少ない給与の中借金を返し続ける生活が続き、ストレスが溜まり酒やギャンブルに染まりやすく、投資に回せる金なんてなく、医療費かさみ、親の介護も施設にいれれず自分で行い、ジリ貧でどんどん弱くなっていく負のループです。
 
 
それじゃ国としてダメよね?ということで日本は経済は資本主義ですが、国としては民主主義をひいて「みんなで弱者を守っていきましょう」となり、社会保障というものがあります。
 
 
が、今は「強者をより強者に、弱差をより弱者に」という政策になっています。それどころか世論でさえも「個人主義、自己責任」という風潮が強まってます。
 
 
 
「もう守れませんので自力でお願いします(+消費税も下げません)」と首相が宣言する。これは「日本が格差社会を認め、民主主義を放棄した」ということです。
 
 
この異常さ、非情さを残念ながら教養の高い強者たちは理解してますが、もちろん自分らの利益でしかないので敢えて何も言いません。逆に弱者は知らない、学ぶ余裕がない、というのが今の日本となっている。
 
 
 
薄い給料で毎日生きていくだけで大変な人たちは国会中継見て、本や新聞読んで勉強して考えてなんて余裕はないです。ハードな環境が政治への興味を失わさせ思考停止させ投票権拒否とさせます。
 
 
低い投票率を維持し、強者の票をちゃんと集められる優遇政策を続けていれば政権は安泰です。そしてそれが民意を反映したことなので体裁上は”しっかりと民主主義を実行している”となります。
 
 
そこまでちゃんと計算して、確信的に計画して格差拡大促進しているのが今の政権、非正規雇用を広げたのもその活動の一環です。
 
 
 
強者はもちろん個人が努力した結果なのでその努力への尊敬と経済を回してくれてたり多くの税金を納めていることへの感謝の念を持つべきです。

しかし環境から「どんなに努力しても無理ゲー」という人たちが相当数いることも理解する必要がありますし、

 
「そこ守らないで自分らが良ければOKなの?そんな国でいいの?」
 

というところが問われている選挙だと思います。
 
 
 
映画鬼滅の刃で、煉獄さんのお母さんの、
 
「人よりも強く生まれたのは弱き人を助けるためです。
 
生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者はその力を世のため人のために使わねばなりません。
 
天から受けた力で人を傷つけること、私服を肥やすことは許されません。
 
弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。
 
責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように。」
 

という言葉に多くの日本国民が涙し、且つて多くの日本人が持っていたはずの信念や尊厳を思い出したことは本当に希望でしたし、映画よりもその部分で感動しました。
 
 
 
どうせ今回も自民党が勝ちます。維新や国民が議席数伸ばしてもその流れが加速するだけです。

 
でも大事なのはこういったおかしいことを「おかしいでしょう!」とちゃんと怒って指摘して議論に持ってって、ちゃんと審議されるような国会に緊張が生まれる状況にすること。
 
それができる党に1議席でも多くとってもらえるような投票をするしかないと思います。
 
 
どうせ負けですが、それでもやるべきことはあるはずです。
 
 
 
 
 
 
 
 

まだ戦争やってる「戦争がおきた アナログフィッシュ」

どーも、そーじろです。

 

 

ロシアがウクライナ侵攻を始めて100日

 

まだ戦争をやってます

 

 

ロシアもウクライナも譲らず

 

歴史的背景を考えるとどちらも満足な妥協点を探すのは難しく

 

世界的な力関係や支援と資源の永続性を考えると長期化は避けれないと思われ

 

このままウクライナ東部は何十年もの紛争状態の時代に突入するなんて話も

 

 

とにかく今でも人が殺されて、故郷が破壊され、子供が泣き、強烈な被害やトラウマを残している

 

父親を殺し、子供が見ている前で母親をレイプし続けたというロシア兵の話

 

現代においてもそんな話がいっぱい出てくる

 

戦争は本当に何があってもやっちゃいかんと改めて思います。

 

 

ほんの2-3か月前は取り付かれたようにウクライナ情勢のタイムラインを見続け、

 

悲しみ、病んだ私はやはり徐々に日常生活に戻ってきており、

 

ニュースも話題も少なくなってきている世界でのうのうと生きています。

 

 

ウクライナの話題よりサカナクションギターの不倫の方が注目される世界にまた戻ってきました。

 

 

いつもですが「真剣に悩むふりして本質はとても無責任・無関心な自分」に絶望します。

 

そんな私のモヤモヤをこれ以上ない程表現しているアナログフィッシュという天才バンドの「戦争がおきた」という大名曲があります。

 

改めて聴きましたがやっぱり大名曲でした。

 

 

youtu.be

 

 

朝目が覚めてテレビをつけて
チャンネル変えたらニュースキャスターが

戦争がおきたって言っていた

 

街へ出かけて彼女と飲んで
家へと向かう電車で誰かが
戦争がおきたって言っていた

 

借りてきた映画を見て その後で愛し合って


戦争がおきた

 

ずっと昔に夕飯時に
手伝いしてたら近所の誰かが
戦争がおきたって言っていた

 

料理が並び家族がそろい
食事をしてたらまばゆい光が
暗闇の中を不確かな国の
確かな家族へ飛んでった

 

世界が終わるんだって 勝手に思い込んで
眠れずに朝になった そんな事思い出して
少しだけビール飲んで 昼まで眠りこけた

 

戦争がおきた

 

朝目が覚めて彼女も起きて
昨夜の行為の続きの後で
戦争が起きたって言っていた

 

何かが変わるといいね

 

戦争が起きた

 

 

 

「何かが変わるといいね」というのは、

 

良い方向にいって欲しい、平和が訪れて欲しいという祈りや期待の気持ちは確かにあるが、

 

何も変わらなくても自分がガッカリしないように最初から期待しない、という自己防衛、

 

そんなうまくいきゃしない、と思ってしまっている絶望感から出る絶妙な言葉表現だと思います。

 

 

 

でもやっぱりこんなことが日常になってはいけない

 

反戦とは戦わないことではなく、戦争をしようとする力、利用しようとする力と戦い続けること

 

 

自然とこの距離感になってしまう自分を認めつつも、

 

忘れず、考えていこうと思います。



まじ早く終わってくれ

 

 

 

映画感想文「Coda コーダ あいのうた」祝アカデミー作品賞

どーも、そーじろです。
 
 
 
初めてアカデミー賞予想(というか願い)が当たりました、"Coda コーダ あいのうた”。
 
 現実の苦しみを音楽では埋めれなくなり映画を多く見始めたのが4年前ぐらいですが、年々アカデミー賞が楽しくなってきて今年は遂に大好きな映画が作品賞、嬉しい。
 
 

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ホームドラマっぽいですが映画館の環境で観た方が良い作品です
 
 
 
1)涙を堪えて得られる感動
 
耳が聞こえない家族の中でひとり聞こえる娘(=Children of Deaf Adults)、それぞれの苦悩と成長を家族愛を通して描くとてもシンプル王道な感動プロット映画です。
 
良作で泣きます、3回観ましたが最初の2回は号泣でした。
 
でも感動の嵐が来ても泣くのをグッと堪えて作品理解の奥まで食らい付いていこうとしたら、そこには「なるほどー!」と痺れるような感動が待っていました。
 
 
 
日本では「感動大作、とにかく泣ける」とか、やたら若い女の子が不治の病設定の「作品性より人を感動させることに重きを置いた」ような”感動ポルノ”と呼ばれる作品が多く、それが名作と評価される傾向が強いと感じます。
 

何故かというとみんな泣いてスッキリしたいから。泣くとストレス発散され、悲しいストーリーに共感した自分に酔えるので薄い脚本やわざとらしい演出でも簡単に満足感が得られるからだと。
 

だからポルノ、気軽に気持ち良くなりたい。でも泣いちゃうと満足して思考がそこで止まっちゃうので、より深く楽しみたい場合はグッと我慢して考え続けるのが大事なのだと学びました。
 
 
 
この作品は「苦悩→家族愛→成長」のベタプロットが土台にありながら、そのプロットを現代社会の誰もが当てはまる「多様性とは」という問題提議に自動変換させ、その上で改めて人間同士の絆と愛の大切さを再提示するという、
 

理解が一周した後に初めて気づく本当の感動、感動というより「見つけた!」という感覚がやってくる作りになっています。すごく王道でキャッチ―に見えるし表層なぞって観るだけで十分泣けるのですが、この構成+脚本が本当に秀逸で奥に行けば行くほどすごい。
 
 
難しくて深い作品はいっぱいありますが、シンプルでこれほど深い作品はなかなか作れないと思います。
 
 
 
2)本当の意味での”コミュニケーション”
 
様々な苦悩や葛藤がありますが主人公の家族には声での会話はなくとも信頼と愛とユーモアがあります。ひとりもかけちゃいけない一心同体のチーム感。
 
「普通に耳が聞こるあなたの家族や周囲との人間関係はどうですか?」
 
と間接的に問いかけてくる作りになっている。
 
 
耳が聞こえないのは不利ですが、聞こえないからコミュニケーションができないというわけではない、そこが本質ではないと。
 
 
 
日本では障がい者を「弱者」「可哀そう」と見る傾向が強いと感じます。
 
24時間テレビなどが典型例ですが「障がい者は可哀そうなんだからいたわらなければいけない」「障がい者は人より劣っているのだからひと一倍頑張らなければいけない」という深層心理がデフォルトになっている。
 
 
とても表層的で失礼なことですが、「可哀そう…」と共感することで自分を正当化するのが正となっており、
 
障がいありきで「その人自身、そのパーソナリティ」をちゃんと見ようとしていないと。
 
 
 
障がい者だって嫌なヤツもいれば卑怯なヤツもいる、頑張らなきゃと思ってもできない人もいる、ダラダラしてたって別に良い、
 
それは一般の人と変わらない(もちろん苦労は多いと思いますが)。
 
 
映画ではまずその障がい者への色眼鏡を外させる。障がいがあろうと人種や出身がどうだろうとその人の中身をちゃんと見てリスペクトする、それが本当の意味での多様性でしょう?と教えられる。
 
そうなるとこの物語が全ての人に当てはまる苦悩や愛の話に自然と変換され、グッと没入させるという意図がある構成だと思います。
 
 
 
”本当の困難は耳が聞こえる聞こえないにあるのではない”
 
というメッセージを手話(ASL)のリズムテンポの良さ、表情表現の豊かさ、ユーモアで見事に説得力あるものにしています(手話中の無音時間が全く退屈にならない)。
 
 
障がい者の頑張りを見て「可哀そう」「頑張れ」「勇気をもらった」となる特番とは視点も理解の深さも全然違う。「一人の人間として見る・接する」というのが普段からフラットにできているからこそのこの差なんだろうなと思います。
 
 
 
3)音楽の効果
 
流れる音楽が大好きなものばかりというのも大きいポイントでした。
 
漁業組合を立ち上げ自分らの商売を守ろうと戦う際に爆音で流れるクラッシュの”I fought the law"は一気にテンションMAXになるし、
 
「子供たちを解放しろ、自由にやらせろ」と歌うボウイの"Starman"を耳が聞こえない親の前で娘が合唱するという皮肉構造、
 
など意味と位置がちゃんと考えられています。「ここでこうゆー曲流れたらあがるやん?泣けるやん?」といったものではなく必然性がある(もちろん無音表現の目的と効果は説明不要なほど)。
 
 
なんといっても主人公がクライマックスで歌うジョニ・ミッチェルの”Both Sides Now"、これがもう何度見ても最高。
 
 

youtu.be

一番好きなのは兄貴、ある意味一番大変な立場なのに飛び上がって娘の合格を喜ぶ姿が最高です(4:03)

 
 
「地上から見たら太陽を遮って雨や雪を降らす嫌な雲も、飛行機の雲の上から見たら芸術的な造形をしていて美しく見える、雲も愛も人生も見方を変えたら思うことも変わってくるわね」
 
という歌でして、
 
 
「それでも全てはまるで幻のようで、よくわからないんだけどね」
 
と終わるという。
 
 
よく「視点や見方を変えると本質や正解が見えてくる」となりがちですが、結局それであっても(理解は深まるかもしれないけど)よくわからないもの、わかりえないものなのよ、というメッセージです。
 
 
結局人と人は共感はできても、経験の断絶は間違いなくあり、永遠に他者であることは変わらない。
 
「どんなに頑張っても自分は理解できないところがある」という自覚を持つことの大切さ、それが他者に対するリスペクトの形である、ということだと思います。
 
ボブ・ディランの「君の立場になれば君が正しいし、僕の立場になれば僕が正しい」にも通ずるところ。
 
 
 
作品の魅力で物語に没入させ、耳が聞こえない家族とその子供の立場から考えさせ、普通はそれを通して「こんな苦悩があったのか、理解が深まった、もっと自覚的になって応援しなきゃ」とさせる表現だと思いますが、
 
その上で簡単にわかったような気になることの危うさを提示し、
 
悲しみや同情のその先の理解まで連れていこうとしていて、成功していると思います。なんてこった。
 
 
 
そんな深い場所にある理解と感動を見事に表現した作品が見事作品賞をとったところに、「嫁が侮辱されたんだ、会が台無しになったって構わねぇ」と舞台に出て行って司会者をビンタするという直情的で浅はかな行為は許せません。
 
今後「コーダが作品賞を取った年」ではなく「ウィル・スミスがビンタした年」となってしまったので、あんまりです。
 
 
 
4)日本語字幕から見れてしまう日本映画界の作品理解への姿勢
 
映画内で日本語字幕が耳が聞こえない人を聾啞者、そうでない人を健聴者としています。これは差別用語であり、現在ろう者と聴者と呼ぶのが正しいとされています。
 
アカデミー賞も取ったしさすがに修正されてるだろ」
 
と思ってたのですが直っていませんでした。全国300館上映に増えた今でさえ。
 
 
これは本当に深刻だなと。物語のメッセージに反しているだけでなく「作品の素晴らしさを理解しようとしていない」「話題になったしヒットさえすれば良い」という考えが透けて見えてしまっています。
 
 
この映画はろう者役は実際耳が聞こえない役者が演じており、アドバイザーにもろう協会の人が付いており、「実際どう感じるのか、どういったリアクションになるのか」など確認しながら撮っています。
 
そこが曖昧だと作品自体が表現したいメッセージそのものの根底からブレてしまうという認識がしっかりしているということです。
 
 
「作品に説得力を持たせるために戦争映画を撮るときは兵器や戦争のスペシャリストに指示を仰ぐのは当たり前、それと同じでろう者を描く作品ならろう者に頼むのは当たり前」と監督は言っています。
 
 
そういった当たり前が日本にとってはまだひとつひとつが特別なことで、まだまだ認識や芸術作品に対するリスペクトが足りていないことの現れだろうな、(だから邦画はくだらない映画が多いんじゃ?)と非常に残念に思いました。
 
 
 
長く書きましたが本当に素晴らしい作品でした。
 
この映画で後に一番驚いたのは、とても感動的な家族との別れを経て主人公が通う音楽大学が実家から車でたった1時間程度と知ったことでした。近いな!
 
 
 
 
 

ウクライナ侵攻「戦わないために戦う」

どーも、そーじろです。
 
 
 
ロシアのウクライナ侵攻が始まって一か月、情緒不安定が続いております。
 
自分の価値観が大きく変容する出来事で完全に迷子オジサン状態、書き出してすっきりすることもできずに悶々としていました。

が、もう限界なので迷子のまま書きます。
 
 

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1)戦争にNOと言えない苦しさ
 
ウクライナにちょっとでも「いや同盟国もないしNATOでもないし核もないし、ロシア相手とか無理でしょ」があったら最初の一週間で勝敗はつき、こんなに世界からの注目や応援を得ることはなかったと思います。
 

 
人を殺すぐらいなら自殺するわ、とにかくどんな戦争でも反対
 

 
というのが私の根本ですが、一方的な侵攻から自国を守るためには徹底抗戦しかないのはウクライナが示している通り。

「戦争反対」「人殺しは今すぐやめろ」「話せばわかる」の言葉たちの空虚さに打ちひしがれます。
 

 
敵が自分の奥さんと子供に銃を向けてます、あなたの手にも銃が、敵を殺して家族を救いますか?それとも殺すのは嫌なので家族が殺されるのをただ見てますか?
 

 
という問題と正面から向き合わざるを得ないのが今回。

戦争反対論者がそういった局面での戦闘や人殺しは許容するというのが自分の中でスッと受け入れることができずに苦しんでいるわけです。

 
「自分はどんだけ無責任な理想論をさも正論のように吠えてるだけの甘ちゃんだったんだ」と。
 
 
 
2)軍事力・核・原発の役割と重要性
 
「モスクワに核一発照準合わせている、とウクライナが言えてれば今回の侵攻はなかった」という指摘はそうだと思います。
 
 
ウクライナはブタペスト覚書(1993年)でアメリカらに「何かあったら助けてやるから」と言われ核を放棄したのに、その間にアメリカはリバランス政策(2011年)で「もう世界の警察引退します」となり、

 
NATOは「オレらが参戦したら第三次世界大戦になり、最後は核を打ち合うことになってしまう(同盟国じぇねーし)」という理由で参戦せず、ウクライナだけで戦わざるを得なくなりました。
 

 
これは国連やNATO含む長い間かけて世界が構築してきた治安維持システムが一国の暴走に対して機能しないということの証明してしまったという、国の安全への考えを根幹から揺るがす衝撃的且つ歴史的な出来事だと思います。
 
 
 
ゼレンスキー大統領は「女子供は避難、男は皆銃を取って徹底抗戦」と全国民の生命と人生を賭けのテーブルに載せることで世界を巻き込み、ロシアを追い払おうと大博打に出ています。
 

その姿勢が世界で賞賛されていますが、それも大政翼賛会の「進め一億火の玉だ」や大日本帝国の「滅私奉公」を肯定するように思えてしまって具合が悪いわけです。
 
 
 
この事実を突きつけられると

やはりいざという時に戦える軍事力、抑止力となる核、弱みを握らせないためのエネルギーの自給自足体制(=現時点での原発)、これらがなければ戦争を避けるための交渉さえもできない

という思考になっていってしまいます。
 

 
「極端すぎる」「日本は島国、アメリカとの同盟も基地もある」とも思うのですが、交渉は切れる手持ちカードの内容と組み合わせ次第、ずっと手持ちがしょぼくても「お金」という強いカードを持っていた日本はこれまで何とかやってきましたが今は状況が違います。
 
 
しかもその賭けテーブル座るのが「選挙近いから年寄りに5000円配っとく?え、不公平だって?じゃあみんなに5000円にすっか」という思考のマスク捨てる判断もできない人たち。
 
 
「絶対勝てないだろ」という不安と、「お前も軍事力とか核とか原発とか受け入れるってことか?」という今までの自分の価値観を根底から覆す変容の大波がこの一か月間絶えず襲ってきておりグラグラでボロボロです。
 
 
 
3)反戦とは戦い続けること、覚悟を
 
反戦というのは「戦わない」ことではなく、戦争をしようとする力、戦争を利用する力、戦争をしかけてくる力と「戦い続ける」こと
 

なのだとつくづく感じます。理想実現のために現実と戦い続ける、その覚悟が必要。
 
 
 
ロシアへの経済制裁や選手の出場禁止など、プーチンは高級ダウンでぬくぬくでも国民は疲弊。貯めてきた財産や将来計画は無に帰し、生活はボロボロで今までの努力が水の泡な上に世界中から非難される。

私がそうなったら「オレが戦争支持したわけじゃないのになんで!」と人生やる気無くなっちゃいます。
 

でも「国民を疲弊させる→政府への不満を高めさせる→内部からプーチンに停戦圧力かける」が目的なので罪がなくてもロシア国民を苦しませなければいけない、それに自分が加担していても堪えて続けなければいけません。
 
 
 
ウクライナへの支援金、「何か役に立てば…」ではなく「自分たちはロシア人と殺し合うための武器の費用を寄付している」という自覚が必要です。

もちろん使い道はそれだけではないでしょうがウクライナが今一番必要としているのは武器弾薬です。だからそれに使うのは当たり前。
 

「自分は殺戮行動を間接的に支援している、何故ならその金がより多くの人を殺すことになったとしてもウクライナを負けさせてはいけないから」という覚悟がいります。
 
 
 
戦わない平和主義者はただの無責任な平和ボケ。自分だけ手を汚さず傷追わず苦悩せずただ平和を願う、は違う。歴史の人物たちもそれぞれの形で戦い続けてきた人たちでした。
 
 
 
ここまで書いて、やっぱりこの事態はおかしいと思います。
 
プーチンはもちろんですが「徹底抗戦」と一般国民をも鼓舞して前線に差し出すゼレンスキーや女性が機関銃の訓練する姿が賞賛されるのも、当たり前のように軍備増強や核は必要という風潮になっていくのも、

 
現実を見ればそうなる、でもそれは現実に飲み込まれている、結果狂ってきている、本当に大切なものを見失っている。
 
 
 
支持率70%超えのプーチンが戦争始め、支持率90%超えのゼレンスキーが総動員令で徹底抗戦。お互いに国民総意の上でやっている戦いである以上問題ないしそれが民主主義
 

なんて考えは受け入れられないです。

そうなるとナチスドイツや大日本帝国だって当時の国民総意、それらも間違いでなかったとでも?
 
アホか、過去から学べ、現実に飲み込まれるな
 
 
世界で起こっている悲劇に対して私個人の悩みや考えなんて何も関係ないですが、引き続き注視して考えていこうと思います。

毎日のニュースに慣れ「死者も難民も軍備増強も嫌だけど仕方ないよね」と思考停止するのも、逃避するのも嫌なので。
 
 
 

3.11 災害とエネルギーを考える日

どーも、そーじろです。
 
 
 
エネルギーの現実に打ちのめされています
 
 
 
1)3.11は災害とエネルギーを考える日
 
東日本大震災から11年、話題にする人も少なく、テレビ特集も短く、10年過ぎての風化を感じます。
 
「偽善ぶってその日だけ思い出したように…(現地の人たちは今も毎日向き合ってんだぞ)」
 
の意見見ますが、その日だけでもやらないといよいよ完全に忘れられて次に起きた際に助かるものも助からなくなるので何年経ったとしてもせめて当日だけでも振り返るべきだと思います。
 
 
特に福島原発事故に対しては何も進展してなく、風化どころか国の将来を占うエネルギー問題としても議論すべき最重要事項のひとつのはず。

 
必ず大地震来ると言われているのに海っぺりに老朽化した原発がこんなにあっていいんですか?処理水そのまま流していいんですか?

オリンピック招致したいからと「アンダーコントロールです」と世界に嘘つく政治家野放しでいいんですか?「いつでも原発にミサイル打ちこめる」と言われたときに外交交渉できますか?と
 

 
なので3.11は「振り返る日、自分らの災害対策を見直す日」と同時に「エネルギーについて考える日」にしたらいいと思います。

原発が爆発してあれだけ広範囲が汚染されて都心でも計画停電があって、あれだけ「電気って…」と全国民が思った日なんて歴史上他にないでしょうし。
 

 
あれだけのことが起こったんだから、振り返って黙とうして「もう11年か…」で終わりじゃなく、もっと学んで未来に繋げないと、と思います。
 
 
 
2)政策破綻していたことが露呈したドイツ
 
福島原発事故から「原発リスクもエネルギー政策も気候変動問題もどうすりゃいいんだ…」と悶々と悩み続けてきた私にとってドイツは希望でした。
 

原発は2022年、石炭火力はできれば2030年でゼロにし、その分は再エネで補い、2045年にはカーボン・ニュートラルを達成するという目標を設定、
 
再エネへの投資は莫大になり電気代も大幅に上がる、それでも未来のために今の世代で身を切ってでも達成するのだ、と強く意思決定したのが製造大国(=電気がいっぱいいる国)のドイツであるということが、

 
「ドイツすげー!メルケルさんも国民も大尊敬!日本も既得権益を壊して負担が増えたとしても見習うべきだ!」
 

という感じでした。
 
 

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しかしこの数年での石油、天然ガス、石炭の需要急増での電気代の予想以上の値上がりに加え、石油33.9%・天然ガス55.2%・石炭48.5%をロシアに大依存中(2020年時点)でのこのロシアのウクライナ侵攻でもうドイツ経済が破綻するレベルの供給不足がリアルになってきてます。
 
ロシアに対しての経済制裁などドイツのアクションが出遅れてた感があったのはこの深刻なロシア依存態勢からで、ドイツがぶち上げていたエネルギー大転換政策は「ロシアエネルギーありき」の安全保障上のリスクをわかっていながら無視し続けた無責任なものだったと。
 
 
この10年でドイツは再エネに対して膨大な投資をして増設してきましたが必要な電気量には程遠く、実際は自国をカーボン・ニュートラルにするために他の国に原発・火力ガンガン稼働させてそれを輸入するしかないのが現実、という事実を露呈、

 
「ドイツ見習えとか騒いでた情弱の脱原発理想主義者たち おつ」

 
という言葉を見て寝込みました。
 
 
 
3)負けない組
 
大好きな人に裏切られて「もう誰も信じられないわ」と落ち込んでるような状態でしたが「だからって何もしなきゃ何も進まねーだろうが」と逆キレ気味で持ち返してきてます。
 
 
「諦めない限りは勝ってはないけど負けてもないぞ」という心持ちの”負けない組”精神、
 

世の中にはどうにもならない問題ばかりで嫌になるし、無力さに打ちのめされるし、自分の損得だけ考えて、斜に構えて理想的な話する人を「脳内お花畑」と揶揄してる方が楽です。
 
でもだから何も考えない、何もしないでいいということではないと思います。
 
 
現時点でのドイツのエネルギー政策が無謀だったことがわかったとしても、身を切りながら莫大な投資をしてきた再エネが全体に比べたら微々たるものでも、10年前より進んでいるのは事実。
 

やがて枯渇するとわかっている化石燃料を世界中で取り合い続け価格上昇し、化石燃料ベースで成り立っている経済が温暖化を進め、自然が破壊され人が住める土地が少なくなっているのはもう起こっていることで、
 

不可能に見えても頑張ればちょっとは改善されるかもしれない、ちょっとは遅らせられるかもしれないと、できることをできるだけやり続けていくしかないのは変わらないと思います。
 

「今のままじゃダメだろ…」なら「じゃあ他のもっと良い方法考えよう」をしていかないと。借金が100万円なら今の職のままでいいけど1億円ならもっと稼ぎの良いとこに無理してでも転職しなきゃです。
 
 
 
去年ソーラーパネルを導入したオール電化の中山家は蓄電池パワーで自給自足できているだけでなく月に1万円ほど東電に電気売れています。車もボロですがハイブリッドでガソリン代あがっても別に怖くありません。
 
でもそんなのたまたまで、エネルギー問題で廃業したり生活できなくなる人も今現在いっぱい、未来はもっといっぱい、政府の一時的な補助対策なんて雀の涙なのは明白、
 
 
「いや無理だろ」ではなく「何ができるか考えてやっていこう」だし、
 
まず「エネルギー問題、考えよう、やってこう」です。
 
 
エネルギー問題は全てに紐づいてるので、これをどうにかしないと温暖化とか以前にどんどん日々楽しい選択肢が無くなっていってしまいますので。
 
 
 
3.11は震災振り返り番組の後にエネルギー問題徹底討論会をババーンと、
 
首相にも毎年その日に合わせてエネルギー方針と進捗発表やってもらって、
 
「去年こうでした、今年これだけ進みました、でもまだ全体の〇〇%のみです、なのでこれを議論していきます」みたいな定点観測+国民議論できる日にすれば良いのではと思います。
 
 
 
そうすれば風化と真逆の、未来に続く3.11が毎年やってくるはず。
 
あれだけの被害と代償払ったんだから、次に有機的に繋げなきゃ浮かばれません。
 
 
 
 
 

史上最高更新ライブ。BRAHMAN「slow DANCE HALL at中野サンプラザ2022.1.12 」

どーも、そーじろです。
 
 
 
一体どこまで凄くなるんだろうか…
 
 
 
BRAHMANを聴き始めて24年(?)、20回ぐらいライブ行ってると思いますが今回のが一番凄かったです。立ち上がれない程。
 
 

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1)BRAHMANにムカついていた2021年
 
コロナが猛威を振るい続け、エンタメ業界もアート文化も見捨てるような政府対応と「医療逼迫なのにフェスだライブだじゃねーだろ」というような世間の雰囲気で、
 
「このままじゃライブハウスもバンドもみんな無くなっちゃうんじゃ…」
 
と怒りと悲しみと憤りで毎日イライラして過ごしておりました。
 
 
そして震災の時のように自然と「またHi-StandardBRAHMANが何かしてくれるんじゃないか」と期待してしまっている自分がいました。
 
 
 
しかしトシロウは「仕方がない、できることをやってくだけ」「潰れるとこは潰れるし、それでもやりたいヤツはまたやる、それだけの話」ととても悟ったような発言、
 
活動もアコースティックのOAUの方でホールを回り、フェスも風評被害少なく楽しそうで、ロンちゃんも誕生し、去年のSlow Danceも大成功。
 
 
「なんかやたら器用にうまくやってないか?」
 
「怒りや憤りはないの?あんなに悶えてたのになんでそんな落ち着いてるの?」
 
「”迷わない唯一の方法は迷い続けること、迷い続けろ”じゃないのかよ!」
 
 
と勝手に裏切られた感じになってムカついていました。
 
 
 
2)ライブが全ての真実、そして感服
 
そんなムカつきも一曲目の霹靂が終わった時点で「私が悪うござんした!」と完敗。想像を軽く超える驚愕の演出と演奏でした。
 
 
ステージ全体を隠す幕があり、そこに物凄いクオリティの3D映像が投影され、照明と演奏とこれでもかとシンクロする仰天レベルの演出。

そしてたぶんPAは西片さんがやってるんでしょうがホールで幕あるのに異様に音が良い、迫力と厚みと奥行が最高のバランスで「音も3Dだな!」と。
 

とにかくシンクロがすごい、キメのタイミングがバッチリ合ってるとかのレベルではなく、ブラフを普段聴いていて、頭の中にぼんやりあるイメージが寸分違わず具現化されている感じ。

高まる鼓動や沸騰する血液とさえシンクロしてるような感覚。本当にブラフの音楽を愛し、それが血肉化してる人じゃなきゃ作れない演出だと思います。アート作品としてもとても斬新で素晴らしい。
 
 
マスクして座り(しかも2階席で見下ろす形)なので普段よりも耳と目の集中力が高い分その世界により没入していくのがわかり、曲が終わっても立ち上がれないし、自分の内側で燃えている感動がどっかほどけて飛んでってしまいそうで組んでる腕さえもほどけずにいました。
 
終了後は放心状態、「この衝撃は渋谷AXのマーズ・ヴォルタ代官山UNITモグワイ以来かも…」と。
 
 
 
A White Deep Morningで腰を抜かし、鼎の問→ナミノウタゲ→ANSWER FOR→今夜の最強セットを38歳のオジサン二人がずっとマスクぐしゃぐしゃに濡らしながら号泣して観ておりました。

 
「神々しいとかあまり言いたくないけど今日は言っちゃうね」と、

 
数日経った今でも思い出すと興奮と感動が押し寄せてきます。
 
 
 
3)結局前に進むしかない、研鑽し続けるしかない
 
なんだかライブを観てこの2年間のイライラやモヤモヤが吹っ飛んだ気がします。
 
政府や行政に毎日ムカついていたってしょうがない、
 
世間の罵り合いを悲しんでいたってしょうがない、
 
自分だけ良ければ、でもない、
 
できること、集中すべきことはいっぱいある。
 
 
 
思い合うところは思い合い、
 
助け合うところは助け合って、
 
できることを考え、それに集中する。
 
ここぞという時に最大限の形で出せるように刃を研ぎ続ける。
 
そうやって進んでくしかない。
 
 
 
またひとつ大切なことを教わりました。
 
それも全てはライブが凄かったからに尽きます。
 
ライブが凄くなければ、今がカッコ良くなければ、
 
いくらそれらしいことを言っても絵にかいた餅、誰も食わない。
 
ライブが真実、そこだけに答えがある。
 
 
コロナがあるからこそ生まれたライブ、コロナに苦しんでいるからこそ生まれた感動。
 
「いつかコロナが終わったら…」ではない。そんな今の苦しみも怒りも悲しみも不安も全部飲み込んで今を生きていく。強いわ~。
 
 
 
「今年はバンドを!」と思ってましたがライブ観て辞めたくなりました。
 
が、負けずに頑張ります。ブラフマン様、本当にいつもありがとうございます。
 
 
 
そーじろ

2021年が終わる、今年を振り返る

どーも、そーじろです。
 
 
 
早いもので師走、
 
どんな2021年だったでしょうか。
 
 
 
①ノーコロナで逃げ切り
 
「幸せな人生の土台は”健康”」であることは間違いなく、今年あれだけ感染者数が増えて医療崩壊する中で家族全員かかることなく健康で終われそうなのは何よりのこと。
 

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クソみたいな政府発表や、ウンコみたいな煽り報道や、自称専門家の無責任な話に振り回されず、常に最新且つ確実なソースからの情報を取って「自分で判断する」という能力研鑽の大切さを改めて感じた年でした。
 
 
18年前にTHUMBの岡田が解散ライブで「これからは情報が溢れて、その中からどれを自分が選ぶのかが大事になる時代」と言ってましたがまさに、預言者でした。
 
 
 
②ウッドデッキの完成
 
今年で一番達成感あったのがウッドデッキ作り。趣味のDIY作品の中でも最大規模のもので、頑丈で安定した良いものができたと思います。コツコツ時間かけてやっただけあるし、ステイホームと言われても毎週汗水たらして熱中できるものがある、というのは大きかった。
 

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これができて家の居心地の良さが3割ぐらい増しました。アウトドアリビングよろしくの外ご飯は手軽で美味しいし、一人で月見ながらの晩酌も気持ち良し。
 
来年の夏には山口君がでかいプール買ってくれるらしいので、皆さま是非ご家族ででも泊まりに来てください。
 
 
 
太陽光発電の導入
 
思い切って導入したのも今年。これで気候変動問題、火力原発エネルギー問題、電気代価格高騰問題の不安から解放され、コスト面以上に精神面での平穏をもたらしてくれています。
 

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気候変動問題は本当に深刻で、期待されていたCOP26も各国の直近の政治経済優先のダメな大人の姿を露呈して終わりました。そういった既得権益で儲けてる大人に限って「老後は自然の中で穏やかに暮らす」とか言っていて「すぐ死ね」と思います。
 
「大人たちが作った世界、子供たちが生きていく世界」ですので、今後もウォッチして自分にできることはないかを模索していきます。
 
 
 
④スケボー開始
 
「良い歳になっても充実した毎日を送れるかどうかは熱中できるものがあるかどうか」
 
だとつくづく思います。子供のように熱中できるものを持つというのは歳を重ねるごとに難しくなってくるもの。
 

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この歳で汗水たらして練習して、ちょっとずつ乗れるようになってきて、単純に嬉しい、という体験ができているのはとても貴重なこと。来年も続けていつかパークデビューとかアマチュア大会とか出場したいと思います。
 
 
 
⑤本格サウナデビュー
 
「これが噂のサウナか!確かに最高や!」となったのも今年。聖地である北欧(上野)テラスでの外気浴にとろけました。これは生涯の趣味になる予感。
 

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今は地元に江戸川台湯という昔ながらのパンクなサウナ付き銭湯に通いながら整えております(何故か外気浴スペースが喫煙可で、全身刺青のお兄さんが来る日はサウナの設定がめちゃ熱くなる)。
 
来年からは全国のサウナ聖地の巡業や、テントサウナデビューなど狙っております。
 
 
 
⑥弾き語り練習とバンド
 
夜の河川敷で弾き語り練習を続けていまして目途が立ったので来年から遂にバンドを始動させたいと思います。
 

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未だに歌はど下手ですがそれ以前にすぐに声が枯れてしまい、「スタジオ入ってもすぐ歌えなくなるのはないな~」ということが問題だったのですが、腹式呼吸の練習を始めてみたところ徐々に改善されております。
 
これもスケボーと一緒で「良い歳して熱中できる貴重なもの」ですが、特に仲間とできることなのでその楽しみを本格化したいところ。ただ集まって酒飲むだけじゃなく。
 

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名はまだない
 
 
 
⑦ブログ継続
 
「自分の中のモヤモヤを整理して吐き出してストレス解消するツール」としてとても重要で、学生時代のmixiから数えるともう18年ぐらい継続している趣味。
 

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「多くの人に読んで欲しい!」とかはあまりないのですが久々に見たらこのブログも10万アクセス超えたようで(ありがとうございます)、なかなか会わない人たちへの近況報告になっていたり、いよいよ記憶力が低下してきている自分の思い出振り返りになったりと機能しています。
 
 
あと「自分の中に語る言葉はあるのか」と問うリトマス紙で、辞める時は自分の中の欲や熱が枯れてしまった時なんだろうなと思っています。
 
文才もないのに研鑽もしないので相変わらず長い駄文で、自分でさえ過去の読めたもんじゃないですが、精神安定のため、継続は力なり(何の力になるかは不明)、続けていきたいと思います。
 
 

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そーじろ界での一番の有名人
 
 
これら以外でもプライベートで長男が小学校デビューで頑張ってくれてたり、次男が喋れるようになってきていよいよ面白いとか、家庭内が安定してきた分日々幸せを感じております。これから思春期とかいろいろあるだろうけど中山家は一番大変な時期を乗り越えられたんだなと。
 
そこは家族の頑張りや友人たちに感謝でして、自分自身のことも褒めたいと。
 
 
 
 
こう振り返ると個人的にはなかなか充実した一年だったなと思いますが、散々なコロナ対応、東京オリンピック騒動、給付金の遅れ、ゼロゼロ融資での倒産件数歴史的低水準という不健康さ、低賃金、世界的な材料高騰、総裁選、衆院選、その他様々な汚職や不手際などなど、日々ムカつくことばかりで日本に絶望ばかりしていた一年でもありました。
 
 
何よりもコロナがこれだけ落ち着いている現状であっても、空港で未だにPCRでなく抗原検査しかしていない水際対策のクソさや(同じことオミクロンで繰り返すの?)、ライブハウスやイベントホールに収容人数制限をかけ続けたまま給付金も助成金も一切打ち切った政府に怒り狂っております(今がライブハウス一番キツイので行っていっぱいお酒飲みます)。
 
 
 
別に年が変わっても人が変わるわけではないのはわかってますが、定点観測や振り返る機会は大事。
 
残りの期間は「来年どうすっか」とぼんやり考えながらも、
 
大変悔しいですが映画GET BACKがどうしても観たいのでディズニープラスに入会して(これをディズニー権力への敗北と言う)ビートルズスターウォーズシリーズ鑑賞に浸りまくる年末年始を過ごしたいと思います。
 

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皆さまも良い年末年始をお過ごしください。
 
 
 
メリークリスマス&ハッピーニューイヤー
 
 

さよならスタジオコースト!DYGL「A Daze In A Haze Tour Final 2021.11.5」

どーも、そーじろです。
 
 
 
ひとつの時代が終わったんだな、十分楽しんだ、感謝しかない
 
 
 
DYGL(デイグロー)ツアーファイナルをユーセンスタジオコーストで観て素晴らしいライブと様々な思いで泣いてしまいました。
 
 

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コーストと言えばこの看板
 
 
 
1)まずDYGLが素晴らしかった
 
デビューから「日本からこんなバンド出るなんて!」「ストロークスアルバートがプロデュースってどーゆーこった!」とUKパブロック、USインディーポップ好きにはたまらない日本人とは信じられない良作ばかりのバンドです。
  

しかし同時に「これならストロークスとかキンクスとか本物聴いとけば良くね?」感は否めなく、クオリティは高いがあっさりした感じがあまり自分の中で「愛してる!」まで到達しなくCDは買うけどライブまでは…という距離感でした。
 
 
ですが前作の"Bad Kicks"でクラッシュ大好きの私は撃ち抜かれ、新譜の”Half of Me”での独自アップデート感に完全にやられた私は「酒が飲めて自由に踊れるようになるまでライブは行かん」と決めたのを即撤回、ライブ参戦を決意したのです。
 

 
 
ライブは…
「本当にただひたすらに、音楽が、ギターロックが好きな人たちの音だな」という不思議な温かさを感じる素晴らしいものでした。
 

他のバンドももちろん音楽を愛していて真剣に取り組んでいるんでしょうが、DYGLのその真摯な姿勢や思いはちょっと段違いだなと。それが音にすごい出ている。感動的なくらいに。
 
 

「本当に音楽を愛してる人の演奏ってこんなに嬉しい気持ちになるんだな」としみじみ泣きました。
 

 
曲たちはシンプルなので淡々と進むのかと思っていたら序盤の掴みから中盤に聴かせる系で後半すごいサウンドスケープを見せ最後爆発、と…さすがキャリアを重ねてきたからこその構成で最高でした。

今度は狭いとこ(できればパブ)で揉みくちゃで観たいです。
 
 
 
2)さよならスタジオコースト
 
スタジオコーストは来年頭で閉店となります。学生時代から何十回行ったかわかりませんが恐らく今回で最後。さよならを言いに行けて本当に良かったです。
 
 
閉店理由は定期借地契約の更新が出来なかったためとのことですが、背景は湾岸沿い全体のIR誘致を前提とした再開発でしょう(Zepp Tokyoも同様)。
 

ほぼ国家事業なので企業レベルではどうしようもない状況だったか、契約交渉を続けたとのことなので可能性はあったがコロナもあってのコースト業績悪化+資金不足で借地料吊り上げ交渉に応じれなかったかだと思います。

クラファン支援しただけに残念ですがしょうがない。
 
 
IR(カジノ含む総合娯楽施設)はもう他の候補地になったものの、再開発計画は止められないということなんでしょうが、日本からコーストが無くなるという文化的損失はお偉いさんたちが考えてる何倍ものとても大きい損失だと思います。
 
それと同時に仕方がない時代背景も理解できるのでただ寂しい気持ちでいっぱいです。
 
 

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重低音を床から伝えてくれるこの床材が貴重でした
 
 
 
3)僕らの洋楽来日バブルとハコの終焉
 
90年後半~2000年前半の日本がまだ豊かだった時代、日本は海外アーティストに対して世界の中でも特にアンテナが高く、フジロックサマソニも大盛り上がりでまさに「洋楽来日バブル」が起こっていました。

バンドの世界進出もイギリス、アメリカの次は日本、という順番。
 
 
私が大学生になった当時、ストロークスやホワイトストライプス、リバティーンズアークティックモンキーズなどの”ロックンロールリバイバル”という世界的なムーブメントが直撃していまして、
 
毎週のように注目されているバンドや有名アーティストが来日し、私はバイト代のほとんどをチケットに替え、年間150ぐらいライブを見ては熱狂し尽くしていました。
 
 
ON AIR EAST
 
当時これらの”ライブイベントスペース”と呼ばれる「洋楽来日に対応できるでかいライブハウス」がそのムーブメントの受け皿として次々と生まれていました。
 
 
これが”私にとっての青春のハコたち”なんです。
 
 
「ライブハウスが遊び場」という先輩方に憧れましたが、私がドはまりし、何度も通い、青春を過ごしていくつもの思い出がある遊び場は屋根裏やロフト、アンチノックやシェルターなどではなく、これらのデカハコだったんです。
 
 

国の経済レベルはエンタメ文化に直結します。
 
今は残念ながら有名洋楽アーティストが日本に当たり前に来日するような豊かな時代ではなくなり、且つて中国や東南アジアのファンが日本にわざわざ来てライブを見ていたように、今度は日本人が上海やシンガポールまで行かなければ見れない時代が来ています。
 
 
時代のニーズが終わったからコーストもその役目を終えるんだな…
 
としみじみしながらライブを見ていました。
 
 
 
4)コーストがあったから今の日本の成熟がある
 
コーストに初めていった時の衝撃は覚えています。
 
天井から延びる見たこともない形のスピーカー(オクタゴンスピーカーというらしい)、どでかいミラーボール、前衛的な照明システム、
 
赤い照明の怪しい雰囲気のトイレ、コンドームの自販機、奥に見えるVIP席たち、バーのコロナとスミノフ
 
 
「映画の世界じゃねーか!」
 
 
と大興奮。大学一年生のトレスポ好きのガキには「これって本当にドラッグやってトイレでSEXとかしてるんじゃ!?」と妄想が膨らむドキドキ空間でした。
 

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とにかく当時は前衛的でした。今もこんなハコはあまりないんじゃ…
 
 
ブランキーベンジーが描いたTED TEXという絵本が大好きで、そこでは「カジノやライブハウス、遊園地があってドラッグも合法の夢の島」が描かれています。コースト名物の看板デザインといい、その世界観に浸れるような魅力的なハコでした。
 

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明らかに立ち上げ人と設計者の意図と意地(と豊富な資金)がありデザインされたハコです。そういったものが文化芸術を運び込み、観客を感化させ、文化を育てていくんだと思います。
 
 
日本のオーディエンスがこれだけの知識と経験があり、洋楽ロックというものへの理解が深くて明るいのは豊かな経済と、文化を育むこういった環境があったからこそだと思います。ロックに対する文化的成熟度は未だにアジアで一番だと。
 
 
残念ながらこれからの日本は「ただ人が入れば良い」というような低コストでの効率性を求めたイベントホールが増えていき、来日アーティストは減り、若者は体験できないものをYoutubeをはじめとしたデジタルで穴埋めして知っている気になる、またはどんどん離れていく、お手軽で実際観れる日本アーティストばかりの国内フェスばかりが盛り上がる、という悲しい時代が来ています。

 
10年後ぐらいに洋楽ロック好きな大学生に自分が観てきたバンドを上げてったら泡吹くと思います。
 
時代を感じます。
 
 
 
 
「やっぱコーストでの一番はスーパーカーのラストライブ。シガーロスニューオーダーもすごかった。モグワイ後は駐車場で放心状態だったな。ハワイアンは何度来ただろう。調子に乗って車で行って渋滞ハマって観れなかったウィーザーも良い思い出だわ…」
 
そんなことを色々考えながらライブを観ていたら、素晴らしい演奏と共に過去のキラキラした思い出が走馬灯のように出てきて、
 
その寂しさと感謝で涙がこぼれまくりました。
 
 
 
さよならコースト!ありがとうございました!
 
 
 

映画感想文「コレクティブ-国家の嘘-」日本のジャーナリズムはこれより酷い

どーも、そーじろです。
 
 
 
でも日本のジャーナリズムはこれより酷いんだよな…
 
 
 

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ギリギリでやっと観れました。これはリアルタイムで映画館で観てやっぱり大正解。
 
良質作品の多くは時代と引っ付いてるものなので、その流れに乗って自分の人生に体験として焼き付けるか、後から知るかは大きな違いとなります。これは乗った方が断然面白い。
 
だからこそアンテナは立て続けていきたいもんです。
 
 

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映画終わりに良き呑み処見つけました

 
 
1)今の日本との既視感
 
日本の衆院選もありこの映画が盛り上がっていたのは「日本との既視感」から。
 
ルーマニアのあるライブハウスで火災があり、その被害者が運び込まれた病院で感染症があり多くの若者が死にました。
 
現地スポーツ誌記者がそれを追うと消毒液が基準の10倍に薄められていたもので、それを医療業界も、そこから多額の献金を受けていた政府も隠ぺいしていたことが発覚。会見でも回答をはぐらかし続けましたが反対運動の激化もありその政権は一旦倒れます。
 
そこで新たに保険相になった無党派出身の若い大臣がその腐敗しきったシステムを是正しようと奮闘します。しかし最終的に国民選挙で圧倒的な勝利を収めたのは前と同じの腐敗政党でそこで真の現実と絶望がやって来る、という実話、しかもドキュメンタリーです。
 
 
長期政権内で重大な汚職や賄賂、隠ぺいや改ざんなどの犯罪行為が当たり前に横行し、癒着企業や団体らもグルで繋がっているどこを切っても腐敗の金太郎飴状態。しかもそれにより国民の命が危険にさらされているにも関わらず国民の問題意識は低く、選挙では低い投票率で与党が圧倒的勝利。
 
 
「これ日本と一緒じゃん…」と思う人が多いのはそりゃそうだと思います。
 
 
 
2)日本のジャーナリズムが終わっている
 
ルーマニア本当酷いけど、ジャーナリズムは日本よかマシだよな」というのがここでの感想です。
 
映画内でのスポーツ新聞の記者は政府の会見会場に入れて質問でき、しかもその場で大臣が自分の言葉で回答している。その上その回答に対する再質問(通称さら問い)ができていました。
 
 
日本はどうか…
 
何故か会見をとても狭い部屋で行い記者を少人数しか入れないように限定する。
 
会見に参加できるのは記者クラブという組織に所属している基本大手メディアの記者ばかり。
 
フリーの記者には抽選がされ、4回に1回程度しか参加できない。
 
「事前通告ルール」があり、質問は事前に提出、その質問に対し官邸が内容をチェックし、回答を官僚が作成し、それを首相が読み上げる、という全て事前に用意された台本を読み合うだけの茶番。
 
さらに「さら問いの禁止」、追加の質問ができません。安部・菅でお馴染みの「ご飯論法」を例に確信的に意味不明の回答をした上で追加質問を禁止。その質問の意味を無効にします。
 
さらにさらに「質問は各社一問まで」の縛り。粘って聞こうとすると、秘書たちが「円滑な会見にご協力くださーい!」と大声で叫び記者の発言をかき消します。
 
 

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首相会見などは記者クラブが主催します。
 
元々記者クラブというのは情報開示を渋る公的機関に対して「言論と報道の自由」を守るために大手メディアが中心となって作られた組織なんですが…「なんで政府守る側になってんの?」に成り下がっております。
 
 
こんなんで健全な会見は不可能です。こんな明らかなジャーナリズムの排除と原稿茶番をいい大人が当たり前にやっているのが日本の現実です。
 
 
 
3)ジャーナリズムではなく広報
 
政府がここまで明らかなジャーナリズム潰しをしているのは「情報操作による実質的な独裁体制」を確立したいからであり、
 
それが実際にできてしまっているのはマスメディアも国民もうるさく言わないからです。
 
 
大手マスメディアがうるさく言わない理由は明らかで「メリットがない」から。
 
これだけ長期政権が続けばそこに権力もお金も情報も仕事も自然に集中します、それは社会の原理。
 
その巨大権力に対して批判的なことを聞いて睨まれると良い情報が回ってこなくなる、仕事がなくなっていく、営利企業なのでそれはNG。
 
大手メディアが政権に癒着していき、情報を「取る」から「もらう」になっていくのはこのためです。
 
 
事実ひとつの政党のトップを決めるだけの自民党総裁選は一か月に渡りどのメディアでも連日長時間取り扱っていましたが、その何十倍も重要な国民総選挙である衆院選はたった2週間で放送時間も4割少なかったとことでした。
 
「報道の公平性」という言い訳の上で、与党の権力や圧力に大手メディアが負け、すり寄った結果です。
 
 

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いち企業としてはそれは資本主義の中での生き残りのための自然の摂理だと理解できます。
 
しかし「ジャーナリズムとは?」と問えば、それでは死んだと言わざるを得ない。
 
またマスメディアの存在価値はジャーナリズムにあることが前提なので、「そんな形で継続してくならもう失格だよ、やめちまえよ」という話です。
 
 
こーゆー腐敗した状況こそに疑問を呈し、真実を追求し、国民に伝え、行く末をウォッチしていくのがジャーナリズムのはずです。今の日本のマスメディアはただの政府の広報部隊です。
 
 

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大統領がこれ言う器の差よ
 
 
 
4)ますまず厳しい状況に追い込まれていく戦士たち
 
終わってる、といってもフリーを中心に戦い続けている方々もいます。
 
しかしそんな人たちも端から廃業に追い込もうとして今強行で進められているのがインボイス制度、注目度低いですが…
 
 
2014年にクローズアップ現代で国会が強行採決した集団的自衛権関連法に対して菅官房長官に踏み込んだ質問をした国谷裕子キャスターは放送後の官邸からの抗議により番組を降板。
 
2020年にニュースウォッチ9の有馬嘉男キャスターが菅首相日本学術会議任命拒否問題で質問したら、その後官邸から「質問事項にないことを質問した」と抗議があり、その後番組降板。
 
官邸からの抗議文ひとつで大手メディアが忖度し、処分する。「これ聞きたいけど言ったらクビだわ」ってわかってたらそりゃ誰も言わなくなります、リスク避けます。
 
 
そうやって戦っている人たちをどんどん追い込み、駆逐しようとしている。
 
 
そんなことを周到に、強引に進めてきたのが安部・菅政権。それでも日本国民の過半数以上は自民党を選び続け、あれだけダメで首相クビになった直後の菅さんでも何故か手堅く再選。
 
中国のことなんてもう笑えない。日本からジャーナリズムがなくなり、全部彼らの都合の良いことが進んでしまう。
 
 

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てめーが質問に答えねーからだよこのハゲ
 
 
因みに「岸田さんはちゃんと話聞いて回答もしてる」と高評価ですが、あれも事前質問聞いて、官僚の原稿読んでるだけです。態度がマシになっただけで何も変わってはいません。
 
 
日本はしょせん天皇独裁国家が戦争に負けてGHQに「お前ら明日から民主主義国家な?」と言われただけの、根拠も信念もない、自分ら国家の主義でさえ人から「もらったもの」なんだよな。
 
民主主義もジャーナリズムも死に絶えているのではなく、もともと存在してなかった(育ってなかった)ものなのかも知れないとさえ思います。
 
 
ポイズン!!
 

映画感想文「グレタ ひとりぼっちの挑戦」大人が作った世界、子供が生きてく世界

どーも、そーじろです。
 
 
 
彼女ひとりだけに戦わせていてはいけない
 
 
 
当時15歳のグレタ・トゥーンベリさんがひとりで始めた国会前での気候変動問題を訴えるストライキがどのように世界に広がっていったかを追ったドキュメンタリー。
 
本人密着なだけでなく、監督がトゥーンベリ家とたまたまの知り合いでストライキ初日からカメラをとりあえず回していたのがとても貴重な作品で、グレタさんの意思・行動・発言に感服しました。
 
 

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1)注目度の低さ
 
公開が10/22で都内3館だけの上映なのに次の週には夜の回が終わってしまうというこの映画の注目度の低さが驚きでした。
 
そりゃ「環境問題=グレタさん」ではないですが、昨今のムーブメントを作ったのは彼女だし、どんな人なのか知りたい人多いんじゃないかと思ってたんですが…
 
 
日本は多くを火力発電へ依存しており、真夏には熱中症で1200人も死者が出て、台風・大雨土砂災害・森林火災などなど年中温暖化が要因とされる災害で泣いている国です。
 

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それでも先日の衆院選で「エネルギー問題・気候変動対策」が大きなトピックとなることはなく、10年前の原発事故であれだけ悲惨な目にあっていながらも「原発は国の重要なベースロード、再稼働だけでなく増設も進めていく」と宣言している党が過半数を取りました。
 
 
岸田総理も学生からの質問に対して「照明をLEDに変えるなど…」と、この低い意識から来る回答が今の日本全体を象徴しているなと思います。
 
先日のCOP26(国連気候変動枠組会議)ではその甲斐あって2年連続での「化石賞」に選ばれました。
 
 
グレタさんは2019年には米Time誌が選ぶ「今年の顔」に選出。2019年、2020年の2年連続でノーベル賞にノミネートされています。それが今の世界世論ということ。
 
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日本が意識レベルでも圧倒的に後進国なのが露呈していてとても気が重くなります。
 
 
 
2)冷ややかな大人たちの目
国連での世の大人たちに「How dare~!」と迫ったスピーチで一気に知名度が上がった彼女、本人がアスペルガー症候群(現名、自閉症スペクトラム)であることも相まってトランプが言ったように、
 
落ち着けグレタ
 
という冷ややかな目線を多くの大人たちが持っていると思います。
 
 

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でも実際の状況は科学的に解明されている本当に深刻なもので、
 
既存の社会経済構造からその改善もとても困難な状況である、ということは明確です。
 
 
 
誰が問題視し主張するのか、それがグレタさんであれ政治家であれ科学者であれ事実は事実。
 
それを「幼い少女が極論に走ってヒステリックに叫んでいる」と取ってしまったり「グレタだって環境負荷のかかるヨットや電車で移動し、拡声器を使っている」などの揚げ足取りをしてしまうのはただの問題逸らしであり、本当に無責任な姿だと悲しくなります。
 
 
すべての大人が加害者意識を持つことは必須で、その上で今更「よく知らない、興味ない」は子供の前で言えるのか?と思います。
 
 
 
3)世界を白か黒か単純化して考えることも、時には良いということ
 
と監督がコメントしてますが同感。
 
大人になるとどうしても世の中は様々なことが複雑に絡まって回っていることが分かってくるのでどうしてもハッキリとしたもの言いができなくなります。
 
 
小さい子供二人とローン背負いながらもこの歳で満足な転職できる能力もない自分が例えば原発関係で働いていたとして、「原発反対!」と叫べるだろうか…とか思います。
 
既得権益の癒着体質が問題だと思っても「解体したとしてもそこにいる人たちの受け皿と再教育、給与保障どうすんねん」とか思ってしまいます。
 
 
 
映画内でグレタさんは、
 
大人は話を聞いて考えるふりだけして実際は何もやらない」と吐き捨てます。
 
 
実際は大人たちも共感している”ふり”ではなく「やりたい気持ちはある、でも難し過ぎてなかなか進まないんだ」なんです。
 
でも結果変わっていないのも進んでいないのも事実なのでその言葉が胸に突き刺さります。
 
 
 
大人たちの「大人っぽい事情」を汲んでいたら何も変わらないしジリ貧。何かを変えたいなら極論でも白か黒かに単純化して判断して進めた方が良い。
 
 
 
この部分がこの映画の一番の学びポイントだなと。
 
 
いや、いろいろあるんだよ…お前も大人になればわかってくるさ」というカッコ悪い大人の発言で目を逸らすのではなく、
 
いろいろある、でもやれることもある、それを一生懸命考えてやっていこう」と言える大人になっていかんとな、と改めて思った次第です。
 
 

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大人が作った世界、子供がこれから生きていく世界、
 
自分たちだけが美味しいところ享受しまくって、あとは若者だけに任せるのはどう考えておかしい。
 
FFF(フライデーズ・フォー・フューチャー)は日本でも活動いっぱいあるのでできること探していきたいと思います。
 
 
 
 
 
そーじろ

衆院選を終えて「政治を日常の一部にする」

どーも、そーじろです。
 
 
 
床屋政談が自然に楽しくできる場が欲しい
 
 
 
※床屋政談=床屋の客と店主でする政治に関する世間話。
 
 
 

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1)政治を見るのが楽しくなってきた
 
政治と言えば「重い、難しい、義務、責任、不満、怒り」というネガティブな感情が自分を支配していて「もう嫌、でも放棄したらダメだ」という義務感でイライラしながら見てきました。
 
しかし「明らかにおかしい、でもなんでそれは起きてしまうんだろう」という見方で勉強していくにつれ、
 
「なるほど、確かにそうなるわ~」という発見が多くなってきて、
 
「そう来たか、じゃああの人だったらこうするんじゃないかな~…やっぱり!」みたいな面白味が出てきました。
 
#政治家自体がクソな件もあるけど構造の問題が実は多い
 
 
この前の自民党総裁選なんて「イメージUP大作戦」の共興イベントとして見るとその戦略と進行は見事だと思えます。
 
もちろん許容できないことは多々あって、今回の衆院選の結果も昔なら「もう全員死ね」みたいな絶望的な気持ちになってたと思いますが今では希望もあるなと思える。
 
 
政治家は当選が第一なので選挙だけには全員必死になる。人が一生懸命になると本性が見えたりドラマが生まれるので面白い。香川一区の小川さんには感動したし、直前に焦ってポスター貼り替えする甘利さんには声出して笑いました。
 

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2)衆院選はどうだったか
 
これだけ自民党の悪行が表に出て、結果が出ていない事実が広まっているチャンスタイムで野党共闘までして議席を減らした立憲は実質大敗北だし、枝野さん福山さんが辞するのは当たり前だと思います。
 
いろいろあっても与党の「癒着権力優遇」が根本問題であり不満なのに「政権交代だ!」と言ってる自分らの支持基盤が既得権益の代表の連合である以上「何も変わらないしむしろ能力不足で事態が悪くなるだけ」というのが国民にバレてしまっている。
 
「私らは都合の悪いことも隠さないし嘘もつきません!」というのも直前に不祥事の党員の処遇を曖昧にしたりなどで信頼を得れなかった。「今回負けたら職を辞します!」とも言わず覚悟も見えなかった。共闘の意思統一と調整もボロボロで能力の低さも露呈した。
 
 
これで受け皿になれるわけはない→結果その票が維新に流れる、という分かりやすい結果だったと思います。
 
 
「どうせ辞めるなら選挙演説で言っておけば良かったのにね」という後の祭り。代表選で昔からの顔ぶれ総取っ替えして再スタートきって欲しいなと思います。
 
 

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3)希望はありました
 
甘利さんが落選したのは希望だと思います。「汚職とんずらを許さない」という民の意思、平井さんが負けたのも「既得権益」に対する嫌気の声だと。
 
私は「政権交代できるような野党はいない、でも今の自民のやりたい放題を抑える緊張と不安は与えるべき」という考えだったので大変嬉しい結果です。
 
単独過半数まで取ったのに自民に余裕は伺えず、「森友、さらに調査説明を」が議員44%(自民内でも17%)というのも今回国民の意思が国会に届いている証拠だと思います。
 
引き続き緊張と不安を与え続けることで彼らもこれまでのように平然と悪いことできなくなりますし、もっと頑張るようになる、それが政治の健康性を取り戻すことになります。
 
 
 
4)若者のせいではない
 
「若者の投票率が少ないのが問題だ」とよく言わてますが、今の問題いっぱいの世の中を作ったのは大人たちです。小学生でモンハンやっていた彼らじゃない。
 
いや、責任転嫁すんじゃないよ」という話です(大人も投票率落ちてます)。
 
 

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音楽や遊びのことで頭いっぱいで必修の授業なのに起きれずに何度も単位を落としていた学生だった私からしたら、「いや、あの歳で政治の勉強して投票行って義務を果たせ、はキツくね?」と思います。
 
 
地方との「一票の格差問題」が全然解決できない大人たちに、少子高齢化で老人の一票を覆すのに8人の若者が集まらなければ勝てない程の「世代間の一票の格差」がある中、「若者が選挙に行かないから若い世代に向けた政策が取られないんだ!(自業自得だ)」と言われてもやる気無くすだけです。
 
 
「若者の方をもっと見ろ!彼らが日本の将来を作ってくんだぞ!」と政府に言って変えさせていくのが大人の役割です。
 
「政治はわかってくると面白い、参加するとより面白い」と若者にPRしていくのが大人の役割です。
 
 
「若者のクルマ離れ」と同じ話、「離れたんじゃなくて元からくっ付いてない、そしてそれは大人のせいだよ」という話。
 
自分らの問題を正論のように若者に転嫁する未熟で卑怯な大人にはなってはいけないな、と思います。
 
 
 
5)政治を生活の一部にする
 
私は週末が忙しそうでも期日前投票せずに敢えて子供を連れて投票所に行きます。帰りにジュースやドーナッツを買って公園で食べたりして。
 
政治不参加や低投票率の要因は”政治が生活の一部になっていないから”と思っているからです。
 
 
人が一番近づかないのは「よくわからない(+良いこともなさそう)」です。知らないから難しく感じるしハードルになる。よくわからないから投票行くのも億劫になる。
 
私が育った家庭では政治の話はなく「どこに投票したかは人に言うものじゃないのよ」と教わりました。学校教育でもアメリカのような学生討論や模擬投票などやりません。
 
その環境で育てておいていざとなったら「若者も政治にもっと関心を」とか無責任過ぎです。
 
 
私はその重要性をパンクから学びましたが、生まれて初めて意気込んで行った20歳の投票でそのあっさり具合に驚いたもんです。「こんなん教えておいてくれれば何てことないじゃないか」と。
 
 
日常から親が子供に政治のことをわかりやすく話す、投票所がどんなところで何をするのかを知っておく。できるだけ当たり前な感覚にしておく。そうすると心のハードルが下がる。
 
大学生になった息子は友達に「オレ昔から投票行ってるけど秒で終わるぜ」って言ってる予定です。
 
 
 
6)床屋政談が自然に楽しくできる場を作りたい
 
38歳のオッサン集団でさえ「せっかく集まったのにわざわざ政治の話?」です。
 
政治の話はネガティブ要素強いし知識ある方がマウントを取るポジショントークになりがちで全員が楽しめるものになりにくいのがひとつの理由です(私前科多数)。
 
「今の政治にみんながどう思ってるのか知りたい!」ととても思っている私もわざわざ話しません。
 
 
でも私は仕事のことも、趣味のことも、家族のことも、芸術文化歴史のことも、社会経済のことも、環境のことも、政治のことも、将来のことも、
 
分け隔てなく自覚と興味を持って楽しく話せる大人たちがカッコよいし、それが人生の奥行と幸福を作るものだと思います。
 
 
全部が自分らの生活に繋がっていて影響して、それが個々の人生や価値観を形成していっているのは紛れもない事実なので、そういったことを分け隔てなく話せる環境や雰囲気作りがすべての問題に対する最適解になっていくんだと思います。
 
そういった環境や雰囲気があって初めて民主主義が作られていくのだと。
 
 
ということで近いうちに”居酒屋つどいば-屯(たむろ)-”再開したいと思います(めざせ2年以内)。
 

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ある程度ゆとりのある時間と空間で、楽しくお酒飲みながら、
 
「今更聞けない政治の仕組み」「サルでもわかる政治」レベルの解説動画でも見て学びながら気軽にワイワイ話せる場を作れたらと。
 
 
 
私は「政治話は楽しい」ということをヒルカラナンデスというYoutube番組から教わりました。概念変わるしポジティブに見れるようになるので是非!
 
そーじろ

家を建てる「太陽光発電始めました」

どーも、そーじろです。
 
 
 
 
 
 
遂に太陽光発電を入れました。思い切りました。
 
 

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1)本当に地球温暖化が嫌
 
温室効果ガスの大気中濃度が過去最高を更新したそうです。
 
私が子供の頃は春も秋ももっと長くて穏やかで、四季はよりはっきりと美しかった。
 
長野の山小屋では真冬は積雪で歩けなかったのが今では10-20cm程度しか積もらない。夏も涼しかったのに今では蚊が登ってくるように。
 
ニュースなどの情報だけでなく、今では多くの人が実際に肌で感じてるのではないかと思います。
 
 
河川の氾濫や土砂災害、大規模火災など、みんなローンの大借金して建てた家たちを秒で失っている様子をニュースで見る度に、
 
「まじで嫌、どうにかして」
 
と震えながら思っております。
 
 

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真夏は暑いけどいっぱい走って汗掻いて麦茶がぶ飲みが最高だったのに、子供が大きくなる頃には日本中に「屋外活動禁止令」のサイレンが鳴り響き、室内で過ごしながら秋を待つしかないようになるんでしょうか。
 
 
 
2)やれることはやりたい
 
「人類が自分らの利益を追求し続けた結果でありその代償、すぐアクションを」と訴える人もいれば、
 
「地球誕生からの大きな流れの一部に過ぎない、人類の発展も滅亡もそのほんの一部」と言う人もいます。
 
「どっちでもいいけど、やれることあるならやろうよ」というのが私の意見です。
 
過ごしやすい気候の方が良いし、自然災害も少ない方が良い、美しい自然もできるだけ残った方が良い、っていうのはみんな共通なのでは?と。
 
 
 
 
比率や度合いは諸説ありますが、過度な温室効果ガス(主に二酸化炭素)の発生が温暖化に影響を与えているのは科学的に立証されてます。
 
それを改善できるかは「政府のリーダーシップ」「企業の経済活動と技術革新」「人々の意識とモラル」の掛け合わせであり、世界中で「これはみんなの問題だし時間無いから注力していこう」とコンセンサスが取れているはずのトピックです。
 
 

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冗談やキレイごとではなく、穏やかな気候やキレイな自然をできるだけ子供に残したいです。
 
こういった緊急且つ超重要な社会問題を認識し、行動した親の背中も見せたい。
 
 
なのでやれることはやろうと、そして自分でも出来て一番効果があることは…
 
やっぱり日常で使うエネルギー源でした。
 
 
 
3)太陽光発電しかない
 
一次エネルギーは3種類あります。
化石燃料(石油・石炭・天然ガスなど)
自然エネルギー(水力・風力・太陽光・地熱など)
※うち化石燃料が全体の9割を供給、しかも輸入に依存。
 
 
化石燃料は世界にもう富士山ぐらいの量しかないと言われています。それを世界中の人々が取り合うわけなので価格は上がり続け未来がありません。火力を始め温室効果ガスも排出しまくります。
 
原子力はリスクまで考えると危険でめちゃ高いエネルギー源であることが明白になりました。核燃料サイクル神話も崩壊しており半永久的に処理できない廃棄物も出続けます。日本中の原子炉は老朽化でそこらの一般住宅よりも耐震性が低いという超危険な状態です。
 
 

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高いのも、温暖化促進させるのも、危険なのも、ゴミを残すのも嫌だ、
 
となると結論は明白で、自然エネルギーでやってく”しかありません。
 
 
しかし福島事故から10年、残念ながら日本は「多少不便になったとしてもみんなで節電して全体の電気消費量減らそうぜ」とはあまりなりませんでした。自分らの生活レベルや売上落としてまでやりたかないと。
 
日本では人々の意識がそうで、中国のように国が強引に進めることもできません。
 
 
そうなると
 
自然エネルギー開発促進し、徐々に火力・原発の依存度を無くしていく、できるだけ早く」しかない、
 
これは相違でない話だと思います(化石・原発関係で食ってる人以外)。
 
 
これを促進するために、私個人ができることは「太陽光いれるかどうか」になってきます。
 
 
 
4)太陽光が本当にクリーンエネルギーなのか問題
 
パネルや蓄電池やその他機器を製造する過程で温室効果ガスが出ます。また電化製品なので寿命があるし買い替えも必要。そして廃棄処理する際もエネルギーが必要でガスもでます。
 
太陽光パネルいれた方がむしろ合計のCO2排出量は上がってしまうという研究結果も出てます(2017年時)。
 
 
同じくクリーンエネルギーと言われている二次エネルギーの水素もそんな感じで「ダメじゃん!」となっていたのがなかなか導入に踏み切らなかった理由です。
 
 
しかし考慮する必要があるポイントが2個あると思いまして、
 
 
一個目は「他と比べてどうなのか」問題。
 
化石燃料は動かし続ける限りその分のガスを発生させ続けます(約690g CO2/kWh)。太陽光は器具の製造の際は発生しますがその後はほぼ出ません(約17-48g CO2/kWh)
 
しかも太陽光器具だけが製造時に特別に大量ガスが発生するわけではなく、世の中の製造物が全て該当します。廃棄処理にかかるエネルギーも同様です。
 
「太陽光器具製造で大量のガス発生してるんだからダメだろ!」と言いながら家にエアコンや冷蔵庫あったり車乗ってる人には「そんなに温暖化真剣に考えてるならそれらも買うんじゃないよ」という揚げ足取りのような話になってしまいます。
 
グレタさんに「じゃあバスも飛行機も一切使わず、息もするんじゃねーよ」と言うぐらい低レベルな話。
 
 
 
二個目は「技術革新の研究開発予算はどこから出るのか」問題。
 
製造・処理でガスが発生してしまうし発電効率や交換効率がもっと上がらないと「クリーンなエネルギー」とは言えない、というならば、
 
必要なのは「技術革新」です。人類はその繰り返しで進化してきました。
 
実際に製造・処理時のエネルギー削減する素材や方法の研究開発は進んでおり、発電効率や交換効率も上がってきています。
 
 

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ではその研究開発費はどこから来ているのか?
 
既存製品の売上・利益からです。
 
 
今そのトータルのメリットがまだ小さいとわかっていても導入するのは”未来への投資”です。是非私からの売上利益でもっと効率の良い製品を研究開発して欲しい、という想いからです。
 
 
今だけの結果を見て「ダメじゃん」と言って誰も導入しなかったら何も進みません。ですが時間ないので進めなければいけません。投資しなければいけません。
 
 
そう考えたことで自分が太陽光を入れることを前向きに考えることができました。
 
 
 
5)自己満と貢献が同一であるのが理想の形
 
福島原発事故で気づき、学ぶ中で嫌悪感が増し、でも利用者であり加害者である自分に自己嫌悪し、未来が不安になり、
 
という自分を「オレはやることやってるぜ」とある程度正当化したいという自己満が結局メインの動機です。
 
 
太陽光発電してそれを売っていけば安定収入になるしむしろ得する」という話は「太陽光が広まって売電する家庭が増えたら価格は下がるだけじゃないの?」とあまり期待してません(実際に価格は下がっています)。
 
 
 
でも別にそれで良いのです。
 
 
 
太陽光導入が増えて技術革新で効率が上がっていって、
 
太陽光システムが安くなっていってまた導入が増え、
 
自然エネルギーからの電気量が増えて、火力や原発依存が減り、
 
電気代が安くなって、その分みんなの生活が安全で豊かになる。未来への影響や負担が減る。
 
 
気候変動の影響は格差と比例します。暑くなっても金持ちはクーラーをつけて過ごしますが貧困国では干ばつなどで水も食料もなく多くの人が死にます。
 
明らかに金持ちの方が温室効果ガスを発生させている加害者ですが被害は平等ではありません。そして日本の私たちは金持ち側です。
 
 
福島原発事故をいい歳頃で迎え、エネルギーと温暖化問題に直面した世代の大人として、
 
「あれだけのことがあっても何もしなかったのかよオヤジ!」と将来子供に言われた時に、
 
「自分にできることが何かを考えて、こういった考えと想いがあって、お金なかったけど無理して入れたのよ」
 
と説明できるならそれだけで十分、理想な形です。
 
 

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自分らは豊かな暮らしや環境を享受してこいつらはできないのはフェアじゃない

 
 
このために家建てる際に「太陽光パネル一番効率良く置ける屋根形状にしてください」と言っておきました。いよいよです。
 
 
 
電気自給自足して、今のクルマが潰れたら電気自動車買います。ウチの生涯の消費エネルギーの合計出して太陽光いれなかったケースと比較してニヤニヤしたいです。
 
 
「あとは水が自給自足できりゃ最強だな、ウチで井戸掘れないのかしら」と考えています。
 
 

「自民党にはいれない」だけが決まっている

どーもsohji-lowです。
 
 
 
日本の不健康な政治を治すべきタイミング
 
野党がいくらダメでも自民にはいれません
 
 
 
選挙の週になってしまいました。「自民党にはいれない」というのだけしか決まってないので考えていかなければ…
 
 

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1)何よりも違法、違憲の慢性化を許しちゃいかん
 
もう「政策が、実行力が、人材が、外交が…」とかで選ぶレベルじゃないと思っています。
 
 
公文書改ざん、記録・領収書の廃棄、土地違法売買、汚職、裏献金公職選挙法違反、
 
会見の不開催、記者の締め出し、国会の違憲不開催、大手メディア・Dappiなどの世論操作などなど
 
 
現内閣にも過去に違法疑惑がある人間が13名も採用されている。責任追うどころか説明も全くせず、追及してもご飯論法のような卑怯なやり取りを核心的に続けて何食わぬ顔をしている。
 
 
これを腐敗と言わずになんというのか。
 
政治家としてどうか以前に「人としてアウト」だと思います。そして限度はとっくに超えている。
 
野党も同じようなことやるだろうし期待できないという気持ちはわかりますが、こういったことを与党が、政権が当たり前のようにやっているのを国民が許しちゃったらその国終わりだと思います。
 
 
 
2)でも腐敗するのはしょうがない
 
人間は律する必要がなければ自然と欲と楽にまみれていく弱い生き物です。それは政治家も同じ。
 
儲かる話が目の前にいっぱいあって、バレても逃げれば罰されない。安泰な地位獲得には権力、権力には金、そういった構造になってしまってはそこに流れる人も増えざるを得ないのは自然なことです。
 
 
メディアもマスコミ、企業や団体もそう。長年権力が一極に集中していればそことの関係性を構築し、依存度が高くなっていくのが自然。
 
良い関係性や安定して仕事やネタを提供してもらう継続性が大事ですので敢えて異議を唱えたり、反対して案件を蹴るようなリスクを進んで取るメリットはありません。
 
 
権力が長年一極集中していれば自然とそうなってくる。水も流れが無くなって溜まれば腐ります。
 
必要なのはある程度の流動性を持たせて”健全な状態”を保つこと。「あ…さすがにやり過ぎた、ちょっとヤバイな」と気づかせて、程よい不安と緊張を与え続けること。
 
 
私たちはそのメッセージは一票という形でしか届けられません(国会や首相官邸前デモにいっぱい参加してきて尚更こう思います)。
 
自民・公明党に投票→「このまま悪いことやっててもOKってことね」という安心を提供することになり、
 
その他に投票→「まずい、正さないとな…」という不安と緊張を提供することになります。
 
 
どんなに仕事が出来たり権力や能力があったり、慈善活動してる人でも他で違法行為をしていたらアウトなはずです。大前提としてそれをこのまま許すのかどうか、という話だと思います。
 
「論点はそれだけじゃないだろう!」といういう人いるかと思いますが見失わないでください、これが何よりも大前提のはずです。
 
ルール違反した人はちゃんと責任を取ってもらう、償ってもらう、退場してもらう、政治やる前にまずその健康的な体制を求めます。
 
 
 
3)緊張と不安を与えながら「こっち」を見てもらう
 
投票率は50%弱、有権者の半分が政府にメッセージする権利を自ら放棄しています。
 
よく言われるように世代別では高齢者が高く、若者が低いです。
 
与党であることが第一ですので政策の内容が高齢者に有利で若者に不利なものになっていくのは当然です。
 
 
また支持政党は自民党で33.4%ですが、特になしが42.8%もあります。浮動票と言われる層です。
 
投票率が50%弱で固定の支持票が33.4%あれば選挙は確実に勝てます。そのため与党は若者の投票率が上がらないようにします、ネット投票が進まないのはそのためです。
 
 
この前若者世代の社会負担と老後問題をやってる番組内で、未来のために今の高齢者の年金を下げるかの話でババアコメンテーターが、
 
「いや、でもそれは私たちが積み上げてきたものですからね」
 
って普通に言ってました、それが大多数の意見だろうと思います。
 
 
誰も身を削って自分の生活レベル下げてまで未来のために何かしようとは思わな